2019年07月12日
クワズイモ
クワズイモ(サトイモ科)は人家近くの雑木の茂みや
荒地、山地に多く見られる。
赤い実のつく頃はよく撮り歩きをし数多く撮ってきた。
今年は赤い実がとても多い。
実の赤と葉の緑のコントラストが鮮やかで美しく、車を
走らせながらもついつい目が向いてしまう。
雨に濡れた姿が好きだ。
雨が降るとふと見たくなるときがある。
かたつむりも葉を訪れる。
傘を手に葉の上のカタツムリを追う。
思い出すのは文部省唱歌の「かたつむり」。
でんでん虫々かたつむり。
また、国語の授業で覚えたブラウニングの詩の
「春の朝」。
上田敏訳はすぐに口をついて出てくる。「朝」を
「あした」と詠むのも、あの頃は詩的でかっこい
いと思った。
春の朝
(詩:ロバァ・ブラウニング)
時は春
日は朝(あした)
朝(あした)は七時
片岡に露みちて
揚雲雀(あげひばり)なのりいで
蝸牛(かたつむり)枝に這ひ
神、そらに知ろしめす
すべて世は事も無し
詩ではカタツムリが這っているのは葉ではなく枝
だが、まあ、いいか・・・。
雨粒から吸水するシジミ蝶。
西日に照り輝く矢じり形の大きな葉が美しい。
畑地近くの茂み沿いで見かけた。
日本画家田中一村に「クワズイモとソテツ」という
大作がある。
一村は「クワズイモとソテツ」と「アダンの木」の作
品は閻魔大王への土産品だと、売らずに生涯手
元に置いていたいう。
その「クワズイモとソテツ」の画の中に尖がった傘
のような帽子をかぶった赤いクワズイモの実が二
つ描かれている。
それまで、帽子をかぶったクワズイモは見たこと
がなかった。いつか一村の画のように帽子をか
ぶったクワズイモの実を見つけ撮りたいと思って
いた。
2年ほど経った慰霊の日の頃、糸満市摩文仁の
健児之塔近くの林でようやく見つけた。とても嬉
しかった。
クワズイモは4月~5月花をつけ、6~7月に熟し
赤い実がなる。6月頃は花も実も一緒に撮れる。
沖縄の俳句歳時記ではクワズイモの花は4月、
実は7月の季語となっている。
くわず芋ひそかに咲いて慰霊の日
(安島涼人)
不喰芋咲くや自決の洞(がま)塞ぎ
(北村伸治)
不喰芋の実のあかあかと自決壕
(大嶺美登利)
一度見かけると、その後はたびたび見かけるよ
うになった。頭巾型の姿が多い。
一村の「クワズイモとソテツ」には、向きは違うが
この姿に似た実も一個描かれていた。
帽子(先端)が付いたまま裂けめくれていた。
帽子は被っていない。早めの段階でめくれて
落ちている。むしろこのような姿で見かけるこ
との方が多い。
帽子(あるいは頭巾)を被った花は、探そうと
思うと見つかりそうで見つからないものだ。
葉柄の基部腋から二本の長い花梗が伸びる。
葉はサトイモに似ているが、毒性があり食べられ
ないことから和名の食わず芋(クワズイモ)と名付
けられた。
日本では南九州(四国南部も?)から沖縄列島、
外国では南中国~インド、台湾、マレーシア、
ポリネシアなどに分布しているという。
なお、南北大東島には分布してないと中村昇著
『ふるさとの草木』には書いてある。
匍匐性がある。
また、アダンのように岩の隙間にも根を張り
成長する。
2メートルほど地を這い、1メートル以上の高さに
まで立ち上がった根茎(こんけい)。
地表の状況では、このようにまるでアダンのよう
に這い立ち上がっているのも見かける。
雨を弾く幅の広く大きな葉は傘代わりにもなる。
国頭村安波ではクワズイモを方言でヤガニバ、
辺土ではヤガニガーサと呼ぶが、これは潮干
狩りの時にかぶる葉の意味という。
方言名は沢山ある。
イバシ、ウバシ、イーゴームジ、イーゴームジ、
ピユガーサ、ビュウーガサ、カサヌパ、カサヌバ、
など50余が天野鉄夫著『琉球列島植物方言集』
には集録されている。
ウバシは馬来語のウバス(矢毒の意)の転訛。
カサヌパ、カサンバは本土のかしわの葉の意味
で、食物を盛る(または包む)のに使ったことに
由来。ピュガーサ、ビューガーサは中毒して酔う
かしわの意味という。(天野鉄夫)
ちいさいかたつむりになりたい
恥ずかしい時や悲しい時
すぐ顔を隠してしまえる
かたつむりになりたい
しばらくの間葉っぱの上で
すきとおった耳だけになって
雨の音をきいていたい
(詩:クリスティーナ・恵子)
図書館で『森の叫び』という詩集をたまたま見つ
けた。その中に所収されていた「詩編」という題
の詩の一部である。
玉城一兵編著『森の叫び』(批評社、1985)は
玉城病院十周年記念文芸教室作品集から抜粋し
編集された詩・文集。掲載については編著者玉城
氏の承諾を得ている。
他にも心をうつ詩が所収されている。
日常の会話でさりげなく発した言葉、あるいは心
のつぶやき・ささやき、そして時に魂の叫びの詩
が綴られている。なお、詩以外の文も編集されて
いる。
詩の文は簡明・素朴かつ。そして真実。
勝連城跡に登る東側斜面の石積み道沿いの
クワズイモの群生。
勝連半島の東側斜面全体の林縁でクワズイモ
が多い。また、斜面にできた道路が縦に走って
いるので、道路を歩きながらクワズイモを見上
げたアングルや見下ろしたアングルて撮れるの
でいい場所だ。車の往来も少ない。
実の重さに耐えられず、赤い実をつけた花柄は
弓なりにしなり実は垂れてくる。
種子の唄 (詩:山村暮鳥)
どこにおちても俺等は生きる
はなもさかせる
みもむすぶ
そしてまあ
なんて綺麗なせかいだろう
枯れて地に臥した葉の上に倒れていた実。
苞の皮はまだ青い。路傍に伸び出し過ぎたため、
雑草のように刈り倒されたのだろう。
半日陰を好むクワズイモは畑地の縁や道端に生
えることから、人間の生活環境へ侵入した場合は
刈り倒されてしまう。
それでも生命力が強い。また生え出てくる。
開発にあらがう不喰芋に花
(瀬底月城)
葉は切り落としたが、実のついた柄はそのまま
残されているのもときに見かける。粋な計らいと
いうべきか。強烈な赤い実の妖艶さに迷わされ
たか・・・。
寄り添う。
クワズイモの花。花は肉穂花序(にくすいかじょ)。
・・・と言われてもよく分らない。図書館やネットで
調べて見た。
包み守っているのは仏炎苞(ぶつえんほう)。
仏炎苞に包まれた中の白っぽい肉質の棒のよう
な軸の一面にとても小さな花が密集して付いてい
る(肉穂花序)。
肉穂花序(にくすいかじょ)と仏炎苞はサトイモ科
の花の特徴で、ミズバショウの花もそうだという。
その棒状の肉穂花序の上部が雄花郡で、下部
が雌花郡だという。つまり一つの軸の上が雄花
下が雌花。目ではすぐには分りにくい小さな花
が無数について一つの花になっているので「郡」
というのだろう。
仏炎苞の袋状の部分を筒部、筒部のボート形
の内曲した上部を舷部と呼ぶという。
ウィキペディアには、この構造は寄ってきた虫
を内部に閉じ込め滞在時間を長くして受粉の
確立を高めていると考えられると記されている。
花の用語について辞典の説明は次ぎのとおり。
※肉穂花序(にくすいかじょ)=穂状花序の特殊
化したもので、多肉な花軸の周囲に柄のない花
が多数密生するもの。仏炎苞をもつ。
※花序=花の並び方。
花の構造、植物用語に関する基本的知識に
欠けるので、知らないことの連鎖でいつまでも
あれこれ調べ続けることになり飽きる。
役目を終えた雄花はやがて枯れ朽ちて落ち、
雌花は実をつくり実は赤く熟す。
仏炎苞は花の穂を包むような形で色も目立つ。
花粉を守るとともに虫を引き寄せる花びらのよ
うな役割を担っているという。
クワズイモの群落。
クワズイモは亜低木の多年生草木。
湿ったところで、かつ水はけよくて半日陰を好む。
その点ではツワブキと好みが同じ。
成育条件によっては2メートルほどの高さまで成
長することも。葉も相当な大きさになる。長さ1メ
ートル、幅が広いところで80センチ前後の葉も見
かけた。
群生しているクワズイモの広い葉に覆われた中を
覗くと赤く熟した実が無数に垂れていた。
丈が高くないとなかなか見かけられない光景だ。
丈が2メートル近くあるのも見かける。
西日に照らされこおろぎが数匹むらがり実を食べ
ていた。国頭の山、林道沿いで見かけた。
ヤンバルの山路を歩いているとこおろぎをたまに
見つける。
こおろぎがわたしのたべるものをたべた
(山頭火)
山頭火は、托鉢行乞の旅僧で放浪の俳人。
こおろぎと共に山頭火がたべたものは、まさか
クワズイモではない。托鉢でもらったおにぎりか何か。
裸になってシラミをつぶしていたか、ションベンを放っ
ている間にコオロギにたかられたのだろうと、勝手に
山頭火らしい想像する。
からだぽりぽり掻いて旅人 (山頭火)
・・・赤い実をつけたクワズイモは実に美しい。
そう思う。
花の付きがあまりよくなかった今年の八重岳の
桜。坂道の端を歩きながら月桃やクワズイモの
葉に散った桜を撮った。